サイト移転予告
皆様におしらせ。
このブログはココログというシステムを使っているのですが、何か、何かが気に入らないので「自前」のシステムに移行します。移転作業が済んだら@niftyを解約してしまうので突然ここがnot foundになってしまうかもしれません。いつになるかわかりませんが。
最新の文章は下記の新しいFutashika !にアップロードします。こちらをブックマークしておいてください。
皆様におしらせ。
このブログはココログというシステムを使っているのですが、何か、何かが気に入らないので「自前」のシステムに移行します。移転作業が済んだら@niftyを解約してしまうので突然ここがnot foundになってしまうかもしれません。いつになるかわかりませんが。
最新の文章は下記の新しいFutashika !にアップロードします。こちらをブックマークしておいてください。
著作権保護期間延長問題について
著作権保護期間の延長問題を考える国民会議
http://thinkcopyright.org/
著作権の保護期間を死語50年から70年へ延長すべきかどうかの問題について第一回のシンポジウムが開かれました。会場に行くことができなかったためINTERNET Watchの記事を読んで考えたことを以下に記しておきます。記事リンクはこちらです。
http://internet.watch.impress.co.jp/cda/event/2006/12/12/14210.html
著作権が保護される、保護されないとはどういうことか。そこから整理してみましょう。
私はまだ生きているので、私の発表した戯曲全てには私の著作権があります。だから、私が「上演をするな」といえば絶対に上演できない。「使用料は500万円だ」といえば500万円。「高倉健以外の俳優には上演させない」「映画化していいのはゴダールだけだ」と好きな条件を設定できます。つまり、金銭的な決定権以外に、二次使用についても強力な決定権を持っているわけです。
現実的には「台詞の改変、シーンのカットをどの程度するか」ということを確認して上演許可を出しています。以前、自作の上演にあたって耐え難い改変をされてしまった苦い経験があるからです。ラストの非常に重要な指示をなんとなくの思いつきで無視されてしまった。
思い描いた通りに上演してもらえないというのは劇作家の宿命です。しかし、そこをそうしてしまったらその作品ではなくなるという一線は確かにある。クリエイターにとって重要な問題の一つはそこです。お金が支払われればいいというものではない。「そんなふうに扱ってほしくない」という思いは重要なポイントです。財産相続の問題だと考えるとこの点がなおざりになります。
見えにくいもう一つのポイントは、著作権保護期間のデメリットです。著作権保持者の権利が極端に強く、二次利用がしにくいこと。現実に演劇の企画をしてみると、この問題はものすごく大きい。ある小説を舞台化しようとしたとき、交渉にすら入れないというケースが多々あるのです。まったく返事をくれない海外のエージェントもあるし、日本の出版社の対応も決してよくありません。(映画化にはあんなに熱心なのに!)「作りたいのに必要な手続きをできない」というケースが本当に多い。作者が亡くなっていて、本も絶版、版元すらすでにないという場合、あなたはどうやって上演許可を取得しますか?
このことによる文化的損失の大きさは計量不可能です。そして、有限の生命を持つ一介のアーティストとしてはタイミングが重要。50年だとチャンドラー(1959年没)の作品が2年後、カミュ(1960年没)の作品が3年後に上演できますが、それが20年延びるなんて!
以上二つのジレンマを考えたときに、「自分の気持ちを尊重してほしい」という問題と、「著作権管理に問題が生じたとき」という問題を秤にかけると、著作権保護期間の延長には反対せざるを得ません。不本意な二次利用の可能性を恐れすぎると死蔵、風化の可能性が高くなります。文化的損失の大きさを軽視してはなりません。
私の死後、誰が著作権管理をしてくれるかわかりませんが、その人へのささやかな不労所得は50年で十分。もし、管理に問題が残るような悲しい事態(上演許可や出版が滞る、法外な条件を要求するなど)になったとしたらそんなのはなるべく早く終わらせなくてはいけない。
「星の王子さま」の著作権保護期間は切れているので「星の王子さま広島死闘編」とか「星の王子さまvs.キングコング」がでてきてもいいわけですがそうはなっていません。倉橋由美子さんは「星の王子さま」新訳を発表した後にお亡くなりになりました。もし70年だったら倉橋訳「星の王子さま」は世に出ていなかったでしょう。
シンポジウムで松本零士さんは、
「先人のご遺族から涙ながらに『私の主人の著作権はあと数年で切れます』と訴えかけられた時に、どんな気持ちだと思いますか」
と発言したそうですが、そういうご遺族には「泣くことはないんですよ」というしかないと思います。
自転車歩道走行義務化に反対しましょう。
●自転車活用推進研究会のサイトをご覧ください。
http://www.cyclists.jp/
●12月22日(金) 、日比谷にて『日比谷ミーティング』が開かれるそうです。
18:30から日比谷公園内 日比谷グリーンサロンにて。
http://www.ecomile.jp/
●エコマイレージでは道路走行のためのアンケートを実施しています。
ぜひご協力ください。
http://www.ecomile.jp/
どうかご協力ください。 夏井孝裕 拝
第4、2(4)「自転車が車道を通行することが特に危険な場合は、当該道路の自転車通行を禁止することなどの措置を講ずること」
これが問題の項目です。
http://www.npa.go.jp/koutsuu/
警察庁が発表する「自転車の安全利用の促進に関する提言」では「概要」にも「要旨」にもまったく触れられていませんが、これが直接私たちの道路利用のあり方を大きく変えるポイントです。
この提言に基づいた法案が提出され、成立することで自転車通行禁止の車道がどんどん増え、歩道での事故がさらに増加することになります。
「自転車が車道を通行することが危険な場合」をなくすことが本来必要な道路政策です。
私、夏井孝裕は自転車走行の制限、禁止に反対いたします。
なお、今回はここに意思表示するだけでなく権利を守るための活動を継続することをここに誓います。
私がいま住んでいるマルセイユのことをお伝えします。
来てわかったことですが、マルセイユは自転車乗りにとってフランス最悪の街のようです。(山岳地帯を除く)
トラムがずっと工事中のため、大通りはいつ終わるともしれない工事のフェンスで塞がれています。地下鉄も中心部にしかなく、しかも平日は7時とか8時とかいった時間に運行をやめてしまうので、郊外に住むひとびとの交通手段はバスとマイカー。そして駐車場はものすごく少ないので路上駐車の嵐です。歩道の両側にずらりと車が並んでいて、一車線だけがかろうじて走行できるといったひどい状態。急な坂道がたいへん多いことも自転車の走行を難しくしています。坂の激しさは長崎よりひどいんじゃないかな。自転車を日常の足としている人は多くないようです。
にも関わらず、実感としては東京より10倍いい。ドライバーの意識が天と地ほどに違うから。
交差点のない道を渡るために車が途切れるのを待っていると、だいたい車のほうが「どうぞ」と止まってくれます。自転車に乗っていてもまったく同じ。「先にいって」とハンドサインで譲ろうとすると「いやいや、どうぞどうぞ」と譲りかえしてくれる。嘘だと思ったらここで乗ってみてください。急な坂道をひいひいとのぼっていても自動車は追い越さずにゆっくり後ろを走ってくれる。よほどひどい乗り方をしない限りはクラクションなんか鳴らされない。
危ない目に遭わないんです。「歩行者と自転車が優先、俺たちはそのあと」ということをドライバーが自然な感覚として身につけているとこうも違うものか。
マルセイユの人に「自転車で走るのが楽しい」というと全員があっけにとられます。「こんな街なのに?」と。でも事実。本当に東京の道と自動車はひどい。
ヨーロッパに住む以前には、インフラの不整備が一番の問題だろうと思っていました。道路設計も都市計画も自転車を重要な交通機関と捉えていないことが問題だろうと。今は違う意見です。一番たいせつなことは「道路は弱者優先」という原則の周知徹底、意識改革。
私も自動車運転免許を持っているので更新時の講習を受けています。そこで強くいわれるのは飲酒運転の危険性。ほぼそれだけです。ここで「道路は弱者優先ですよ。自転車は車道を走る軽車両ですよ」というだけで日本の道路事情は大きく変わる。「自転車をはねないように気をつけましょう」というだけでなく、「自転車に道を譲りましょう」とこれからはいわなくてはいけない。
SHARE THE ROAD ! 自転車が安全に走る街を手に入れましょう。
話を日本に戻します。
道路交通法では自転車は軽車両であり車道を走るものと定められています。
それが1978年の道路交通法改正で不思議なことになってきました。第63条。
「自転車は原則的には、車道の左側を通行するべきもの、しかし、指定された『自歩道』だけは歩道通行可」
自動車による交通事故の増加を受けて政府がとった対策はこれでした。
加害者の自動車ではなく、自転車を車道から逃がすことでなんとかしようとした。
この法案は全会一致で可決されています。
結果として「指定の歩道だけは通ってもいいよ」ということでなく、多くの国民が勘違いすることになってしまいました。原因と対策が根本的に間違っている立法も問題ですが、それ以上に施行の問題が大きい。「原則として車道」の部分がすっかり置き忘れられてしまっています。そして、歩行者の安全を守るための工夫が何一つありません。
「車道は自動車、自転車は歩道だろ?」と思いこんでいるひとが本当に多いことが一番の問題です。
実際に東京で走っていると本当にひどい目に遭います。
「車道走ってんじゃねえよ!」という罵声、クラクション、挙げ句の果てはパトカーのスピーカーから「歩道を走りなさーい!」という注意。一番ひどいのはタクシーですが、路線バスから悪意のある進路妨害を受けたこともあります。ヘルメットをかぶり、信号を守り、ハンドサインを出して穏やかに走っていても常にそうなってしまう。
あまり読んで気持ちのいいレポートではないかもしれませんが、東京の交通事情は自転車乗りにとって世界最悪のレベルです。
マナーの悪い自転車乗りに対する非難も必要ですが、ドライバーの無知とマナーの悪さのほうが数倍悪質であり、危険であると思います。
続きます。ドライバーのマナーについて詳しく書かなくてはなりません。
さて、ヨーロッパでは色々な事情から交通政策の中に自転車が積極的に取り入れられています。
みんながクルマに乗り出したらたいへんなことになるという冷静な現状把握に基づいています。
一番大きいのはCO2の問題。次には交通渋滞でバスやタクシーの運行に支障が出るという問題。
ロンドンの混雑税導入は肥満人口の増加に歯止めをかける意図もあるそうです。
ロンドンでは自転車レーンの整備が猛スピードで進められていますが、それでも「乗る人の立場になって作られていない」という批判が激しい。
パリでは絶望的な駐車場不足をよそに自転車専用レーンが増えつつあります。「楽しいだろうなあ」と思わずにはいられない。あれなら自動車も歩行者も対向自転車も気にせずに時速30kmで走ることができる。あまりスポルティフでないマダムも結構なスピードで走っています。
自転車先進国といえばドイツ、オランダ。オランダでの違法駐車罰金はいくらだったか、かなり高額です。
自転車を危険に晒してはいけないということが徹底されている。(取り締まりは警察ではなく地方自治体が行います)
オランダの交通政策について詳しく書きます。
1991年に「自転車マスタープラン」という国家計画が発動しました。概要はつぎのとおり。
●2010年までに自転車の走行距離を3割増加させる
●都市部の5キロ以内の移動は自転車を車より速くさせる
●自転車通勤者を5割増やす
●全企業に対して、自転車交通に貢献するような計画を作成させる
●自転車の(車が関係する)交通事故を現在の5割まで削減する
●市街地の車の速度を2008年までに全て時速30km以下とする
●管理人および盗難防止システムのつした駐輪場を各地に配置する
すごいでしょう。これは現実的に施行されている国家政策です。
道路の優先権は第一に歩行者、次にほぼ同じ優先権で自転車、その次が公共交通機関で最後に自動車と位置づけられています。自転車が公共交通機関よりも優先されていることにご注目ください。
この政策はすでに15年前から運用されて成果をあげています。
路上駐車の取り締まりは東京の年間50万件に対してロンドン400万件。ニューヨーク1000万件。
いかに日本のドライバーが甘やかされているかがわかります。ソウルですら280万件。
人口規模から考えると唖然とする少なさです。
続きます。
私たちと一緒に芝居をつくるために東京にやってきたマルセイユの俳優がある日こういうことをいいました。
「タケイロ、(フランス人はhを発音しない)歩道を自転車が走っているけどこれはノーマルなことなのかい?」
そう、これは日本だけのことです。歩道は歩行者だけのものというのが世界常識。
「東京は本当にクレイジーだ、危ない。本当に危ない」
と彼は繰り返しいっていました。僕がそういう話題を導いたのではなく、彼が東京を歩いてまずショックを受けたことがそれでした。
カナダのレンタサイクルで「日本人お断り」というところがあるそうです。
理由は日本人が(非常識にも)歩道を走って事故を起こすから。
「なぜ私たちは車道を走れないのか?」
道路交通法では自転車は軽車両と分類されていて車道での走行が認められています。
このことをしらないひとが実に多い。この不快な問題についてはあとで述べます。
とにかくは、歩道は歩行者のもの、ということが世界的な常識であることを覚えていてください。
外国で自転車に乗るときは車道ですよ。皆さん。
Recent Comments